羽田空港は雨だった。
ホテルの配慮で朝食は四時半から集合は五時四十五分。
身支度を整え荷物を持ってレストランに向かう。

初めての一人旅の夜は寂しいどころか快適だった。
ホテルのセミダブルのベッドで大の字で寝る。
湯船に浸かりながらを開けっ放しのドアからテレビを見る。
バスタオルを巻いたままベッドにダイブ。
夜のお供に空港の売店で買った千疋屋のゼリーにぬれ煎餅をテーブルに並べた。


10月の末、母から電話があった。
「硫黄島に行ってもらえない?」
「行きたい!」
即答だった。
子供の頃から聞かされてきた硫黄島の話。
祖父が出征した当時母は三年生でしっかり記憶がある。
お米をもって祖母と慰問にも行ったそうだ。
硫黄島の石になって帰ってきたのは翌年の枕崎台風の直撃にあった日。
骨壷はからからと音がしたそうだ。


それからの行動はすばやい。
たまたま平日休みをとっていたので県外に戸籍謄本を取りに行く。
祖父の孫であることを証明しなくてはいけない。
医師の証明書も必要だ。

孫の参加は震災の影響もあり募集人員が下回った場合にのみ弾力的運用という特例。
正式に厚生労働省から政府派遣の慰霊巡拝参加決定の案内がきたのは今月に入ってからだった。