つぶやきまりりん

「何とかなる。それはやることをちゃんとやってる人のセリフ。」ミイ

日日是好日

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毎日がいい日でいい天気でありますように。
そう思っていた。
でも違うらしい。
雨の日も晴れの日もすべていい日らしい。

お茶のお稽古に結婚前後二年通ったことがある。
お茶の先生の家は平屋で広い庭にはさまざまな草木が生えていた。
同時にお花も習っていたけれどわたしはその庭のお花で活ける先生の茶花が好きだった。
お手前はなんとなく覚えただけで満足してしまった。
それでも不思議なことに所作だけは残っている。
形から入るのが好きだ。
理屈は後からついてくる。
そういうことかだったのかと腑に落ちる真空になる瞬間がくることが待ち遠しい。

わたしの季節は今、晩秋から初冬になった頃。
静かだ。
もう抗うことはしない。
受け入れるのではなく受け流す。
その日できることをしたいことをしていく。
忘れやすくなった特権かもしれない。

昨夜は窓を開けて寝ていた。
にわか雨の雨音で目が覚めた。
すっと土の匂いがしてひやっとした風が通った。
ちょっとした音で目が覚めるのも日日是好日。

http://www.nichinichimovie.jp/

半分、青い。下

無題

本を読みながらスズメちゃんとリツくんの後半戦を楽しむ。
相変わらず墓穴を掘りまくり自滅しているけれど、家族や友達はその生きる力が頼もしくてしかたがない。
長い長い映画みたい。

おーちゃんは思う。
何事かを成し遂げて思い残すことなく死ぬのもいいけれど、
何かを楽しみにしたまま夢の途中で死ぬのもいいなあ。
気持ちのいい日にお昼寝をしながらスーッと逝けたら幸せやな。

まーちゃんも思う。
八十代の両親もきっとそうだろうな。
痛いのや苦しいのはいくつになってもごめんだ。

上は次女の手元にある。
お盆に帰省してきたら下も渡したいと思っていたら願いが叶いそうだ。
いつもそこから動き始めるわたしのスズメちゃん。


それがわたしの夢、夢、夢。

終わった人

すっと終われる人ともがき苦しむ人がいる。
そして終わった時から新しい一歩が始まる。

63歳定年の夫は出向先の役員だった。
そしてその最後の日だけは黒塗りの車で家まで送られる。
出世街道ならそれが日常だったはずだ。
あと二年は嘱託として窓際で残ることもできたけれどプライドが許さなかった。
ちょっと映画も気になっている。


家人は57歳で早期退職した。
再雇用の話もあったけれど再就職先の三時までの仕事にすっとシフトできた。
子供たちも大学を卒業し両親も看取りそこにたどり着いたのだろう。
揺るがずに終われたのは立派だった。

わたしは節約が苦手だ。
節約するなら働く。
こうでなければと決めることも決められることも苦手。
まあいいかと穏やかに暮らしたい。
家人にはそれがない。
独自の節約や規則が生きがいになっている。
趣味のサークルに居場所もみつけた。
それでもわたしが働いて好きなことをするのには何も言わない。
最近はそれがどんなにありがたいことかがわかってきた。

終わった夫婦も終わった仕事も悪くはない。
必要としてくれる時がきたらまた寄り添いたい。
それまでは上手にすれ違いができれば十分。
その時初めてお互いの痛みを知ることになるだろう。

雨に濡れた紫陽花がきれいだ。
義父が愛でた花が今年も咲いた。
tn

君たちはどう生きるか

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本屋さんでたくさんのコペルくんと目があってしまった。
これが噂のコペルくんかと。

コペルくんはもちろんコペルニクスからきている。
中学生のコペルくんは友達関係で自分のふがいなさに悩んでいた。
それに答えたおじさんのノート。
八十年前の小説を知らなかった。

傷ついたことで人は初めて心の痛みを知る。
最初は自分を責め、自分を傷つけた相手を責め、そしてそれが時とともに昇華されたときにやっと成長する。
痛みを知ってる人は受け止めてくれる優しさと辛抱強さと何よりも正直だ。
口先だけのアドバイスにはそれがない。
わたしもまだまだ知らないことがたくさんある。
それを経験して乗り越えて誰かを支えれる生き方ができるといいなあ。


雪の舞う大阪女子マラソン。
歴代の女神たちが解説する豪華さ。
そして新しい女神を称える。
新しい女神は底抜けに明るく、バキバキにストイックでそして給水出来なかったライバルにそっと渡した時感動してしまった。
ちゃんと周りも見てるんだなあと。
三人娘はそれぞれのフォームで走り抜けた。

大阪の友達から寒いけど大丈夫とラインが来た。
母も心配して電話をくれた。
「〇〇したいんだけどいいかな。」とわたしが聞くから
「それはおかしい。」と否定や批判しか返ってこなかった。
「〇〇するね。」「〇〇してね。」と言うようにした。
まだちょっと慣れないから努力している。
二人のオカンに「温かいリビングでマラソン見てるよ。」と返事をした。

怒る富士

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富士吉田にある浅間神社には木花咲耶姫が祀られている。
富士山の女神は1707年(宝永四年)に怒ったという。
そして美しい富士山に宝永山というこぶが出来た。
日本人は大昔から天災に翻弄されてきたのだ。
そして天災が人災を引き起こす。
天災は時として人の心を試す。
いまだに原発がなぜ稼動しているのか。
被災地は亡所となり飢餓状態の人よりも大奥の改修が大事だった300年前と何も変わっていない。
それでも伊那半左衛門忠順が奮闘したことを忘れずにいよう。
私利私欲ではない行動は後に人の心を動かした。
伊那神社には富士山すそ野の民と幕府との板ばさみになって切腹した半左衛門が祀られている。
そして生きるためにすそ野を出たおことさんとつるさん。
彼女たちこそ一途な愛を貫いた木花咲耶姫だとわたしは思う。
この本を薦めてくれたガイドさんとおことさんを語りたい。
彼女たちも見たであろうすそ野からの富士山が好きだ。

伊那神社ではないけれど伊奴神社にまだ行けていない。
映画館に美術館に街歩きもそろそろ始動したい。
年末年始の激務もちょっと落ち着いてきた。
お休みは朝からダメ出し・・・。
ああ、お山が恋しい。
まりりん

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