つぶやきまりりん

「何とかなる。それはやることをちゃんとやってる人のセリフ。」ミイ

映画

ぼけますから、よろしくお願いします

認知症とはどうなってしまうんだろう。
5分前の会話を忘れるぐらいならまだいい。
何度繰り返してもそうなのねと答える。
でも感情的になったり暴力的になったり悲観的になったらやさしく見守るには限界がある。
そんな妻に90代の夫も感情が爆発する。
でも不思議なことに落ち着いたらお布団から出した手をお互い握っていた。

全自動の洗濯機が当たり前の時代に小さなお風呂の洗い場にタライを置いて何度も水を変えながら手で押し洗いをしている。
二層式の洗濯機の脱水だけが使われていてその流儀を変えようとはしない。
洗濯槽の中には溜め込んだ洗濯物があふれ娘が手伝うよと言っても大丈夫と言いながら途方にくれてその場で寝転んでしまう。
狭い廊下で妻をまたぎながら夫はトイレに行く。
料理の出来なくなった妻はそれでもガス栓を確認してコンロだけは拭いている。
習慣は変えられない。
それこそが生きてきた証で誇りだ。

しんどい日もあるはずだ。
何が何でもデイに行かせるのも考えてしまう。
次の日には忘れているのだから。
老老介護の家に他人を入れるのを拒んでいた夫婦も少しずつ手を借りるようになる。
ヘルパーさんが来る前に妻は掃除をする。
綺麗にしておかないと他人様に恥ずかしいそれが妻の美学だ。
ずぼらなわたしはだから他人様に上がってもらえないし来客があれば必死で掃除をする。
娘はこれからまだまだ生きていかなくてはいけない。
仕事を犠牲にしてはいけない。
やりたいことで活躍して欲しい。
だから妻は自分でみるのが夫の美学だ。

呉では大晦日は除夜の鐘ではなくサイレンがなる。
勝手口をあけて妻はそれを聞く。
新年の挨拶をした娘に母は答える。
ぼけますから、よろしくお願いします。
その言葉がかわいくて失笑してしまったわたしはまだ老いがわかっていない。
87歳の認知症の妻に95歳にして家事を始めた耳の遠い腰の曲がった夫。
それでも二人で歩いていく。

80代半ばのわたしの両親も出来る限り二人でやっていく。
どうしようもなくなったら家を売ってでも施設に入れてもらうから大丈夫よ。
子供たちには子供たちの生活があってそれを犠牲にはしたくない。
母はそれでもおいしいものがあれば娘に食べさせたいと思うし遊びにきてくれてありがとうと玄関先まで見送ってくれる。
父も言う。
母は自分がみる。
でも出来なくなったら頼むな、と。

どうにかなるさ。
その時々で出来る事をしていくさ。
大切なのは両親の気持ち。
一日でも両親より長生きするそれが娘の役割。

古い映画館は階段もあるしトイレも和式だし母を連れて行くことはできない。
一番共感するはずのお年寄りにやさしいバリアフリーの駅前の映画館の上映を希望しながらパンフレットをお土産に買った。
そして素敵な動画を見つけた。(自慢の娘と自慢の父が手を繋いでいる。)

生きてるだけで、愛

走っている君を追いかけながら翻った青いスカートがきれいだったと男は言う。
その一瞬だけ分かり合えた愛。
原作ではそれは北斎の描いた「1/5000」秒のザッバーンの波越しの富士山の一瞬。

感情的になる人にその場しのぎのすいませんでやり過ごしてきた。
感情の矛先を向けられても傷つくだけで少しでも浅いほうがいいと思ってきた。
労力を使わないために逃げることに精一杯。
でもそれをもてあましている人はそこから逃げることもできない。
時にはその生きづらさを一瞬でも感じて欲しかったのか。

わたしはウォシュレットが使えない。
隙間から飛び散る水に気がつかずに座ったあの感じがいやなのだ。
駅のホームを颯爽と通り過ぎるカートも使えない。
人の足を轢いた時の衝撃は感じないのだろうか。
知らず知らずの暴力に人は気がつかない。
そちら側の人にならなくてもいいかな。
荷物ぐらい自分で持つし、お尻ぐらい自分で拭く。
それでも自己完結してるわたしとは対極にいる二人がきれいだと思った。
生きてるだけで、愛・・・か。


早朝の映画を観て、デパ地下で物色、電車に乗って実家に行って来た。
免許証を返納した父とホームで一緒になる。
親子で食料品をリュックに背負い携帯の万歩計を見せ合いながら坂道を登る。
そんな偶然の一瞬も生きてるから訪れる。

赤ワインとチーズとボヘミアンラプソディ

夜10時リビングの電気が消えるとそっと忍び込む。
酸化防止剤無添加の赤ワインをグラスに注ぎおつまみは切れてるモッツレラチーズ。
寝静まった夜はわたしの至福の時間。
それまでは読書にふけるか夕寝をむさぼる。

映画館が好きだ。
今日はクイーンに泣けてきた。
自分だけが孤独だと思い誰にも言えない闇を抱えてきたフレディ。
時には独走し迷走もしたけれど最後までメンバーは彼を支え対等の友達で家族。
ボヘミアン・ラプソディー 演じてるのではなく今も生きていた。
コンプレックスこそが最高のチャームポイントになる。

来年閉鎖される中日ビルの屋上に登って来た。
一日限定の開放。
回るレストランには行けなかったけれどビアガーデンは想い出の場所。
記念にやっとかめのおちょこを買った。






カメラを止めるな!

320

原作だ原案だでにぎわせた映画。
ヒットしなかったら何事もなかったのだろうけど・・・。
とにかくめちゃくちゃ面白かった。
息をつめてしまうぐらいの緊迫感。
その伏線を種明かししていく上手さ。
無名の役者がとにかくすばらしい。
舞台から生まれ映画だからできた奇跡だ!
映画愛にどきどきさせられっぱなしだった。
いろんな偶然が重なって一体感となってぷるぷると笑顔で。
カメラを止めるな!
カット!と。


デッドエンドの思い出

ばななさんの本のあとがきに書いてあった言葉がずっと残っていた。
「これが書けたので小説家になってよかったと思いました。」
ばななさんの辛い出来事が小説として昇華されたのではと思ったからだ。
辛い出来事はとてもうかつにある日突然やってくる。
呆然とたたずむしかない。
心の中にある宝物のような大切なことを想像することが出来ない人に期待するのをやめたらやっと歩き出すことができた。
ばななさんは小説を書くことで。
わたしは小さな自立をすることで。

ばななさんの短編小説を韓国の女性監督が映画にした。
しかもロケ地は名古屋だ。
そのお披露目が先日映画祭で上映された。
袋小路にあるカフェ。
その二階で暮らした数日間の思い出。

マスターの西山君が取り戻してくれた車。
ユミが未練がましい思いを吐き出せたのは縁も縁もない数日間の隣人だったから。
助手席は指定席だったはずだ。
それが叶わなくなったのなら運転席でハンドルを握ればいい。
連れて行ってもらうのではなく自由に好きなところに。

以前の映画祭でボランティアをしていた。
フィルムの頃はチェックを兼ねた試写会が楽しみだった。
デッドエンドの思い出」のエキストラの方々も集まっていた。
わたしも係わりたかった。
まりりん

maririnn_bb

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