「バナナ買ってきて。」
その男は言った。
彼は身体を動かすことができない。
しかも夜更け。
ボランティアは心の中でつぶやく。
「今ですか。
寝てくださいよ。
何時だと思ってるんですか。」
それでも彼の命令は絶対だ。
走り回りやっと見つけたバナナの皮をむいて彼に食べさせる。

筋ジスの彼は病院でそして施設で天井のボードの穴を見ながら生きてきた。
誰だって家に帰りたい。
家に帰ってビールを飲みたい。
昼中に買っておいた杏仁豆腐を食べたい。
わたしもそう思って仕事から帰る。
秘かな楽しみがあるから頑張れるのだ。
彼が求めてるのはそれなんだなあ。
もちろん彼は秘かではないけれど。

人様に迷惑はかけない。
自分でできることをする。
させていただくでもなくさせてあげるでもなくしたいそれだけで生きてきた。
彼も一緒なのかもしれないなあ。
それが彼にとってのあたりまえのしたいなんだ。

そんな彼を一回り小さくなって演じた大泉洋。
身体は小さくなっても態度は大きかった。
彼は次々に恋をして玉砕してもめげなかった。
人工呼吸器をつけても声を取り戻し英検二級に挑戦していた。
家族と医療従事者だけにしか許させない痰の吸引をボランティアは家族だと持論を貫いた。
尊厳ってなんだろう。
わからなくなってきた。
女子供の俺様シカノは決して人格者ではない。
人と人が係わるということはたいした存在じゃなく日常になればいい。
合わなければ無理して合わせないわたしはそっけない。
綱渡りでもそこに留まる意味はきっとある。

彼と同世代だったわたし。
シカノ、有名になれたね。
こんな夜更けにバナナかよ」が映画になったよ。

渡辺 一史 著


キノシタホールが閉館になるそうだ。
すごい才能だと思っていた役者が逮捕された。
今年一番のショック。