最近旅するお友達はここ十数年来の出会い。
それは偶然なのか選択なのか。
一人はお知り合いの妹さんのお友達だった。
一人は作家の講演会に行きホームページで同時期に記事をアップして知り合った。
お友達がお友達を呼びお友達になる。
わたしがそう選択しお友達もそう選択したのだ。
もしその時出会わなければ今頃お山に登っていないしアートの旅に出ることもなかったし秘境のお宿を楽しむこともなかった。
計画を立てるのに真ん中に入ってやりとりするのが面倒なのでラインでグループを作ったら仕事中にやりとりがされている。
そして
「まーちゃん寝ちゃったかな。」
「お風呂かな。」
「朝は早いからきっと連絡あるよ。」
なんてこともたびたび。

まーちゃんは孫が生まれてからのわたしの呼び名。
久しぶりに予定の無い木曜日。
今朝は下の孫を保育園に送ってきた。
年中さんになったから所定の位置にタオルハンカチやお便り帳を一人で置かなくてはいけない。
「できない」とべそをかくので一緒にやろうかと言っても「できない」とうずくまる。
先生が手助けをしてくれたのでそっと行こうとしたら「まーちゃん行かないで」と追いかけてきた。
「ちゃんとできるのを外から見てるね」とこちらまで涙目になる。

みんな選択して大きくなるのだ。
いろんな決まりを泣きながらこなして大きくなるのだ。
みんなの中で楽しむことも、一人で楽しむこともどちらも出来る子になって欲しい。
そしてそれをちゃんと選択して欲しい。


彼女の膵臓の病気を偶然知ってしまった僕は強制的に友達になる。
その彼女には親友がいて僕を目の敵にしている。
彼女の望みは僕と彼女の親友が友達になること。
出会いは偶然だったかもしれないし強制的であっても僕とは正反対な彼女と友達になるのを選んだのは僕だ。
「君の膵臓をたべたい」お互いが最後に送った言葉。

図書館からなかなか回ってこないうちに文庫が出た。
きっとお友達は君と呼ぶ時点で「けっ!」と言うだろう。