チベット問題の絡んだ聖火リレーの中で起きた四川大地震。
この二ヶ月ほど毎日のように中国がメディアに取り上げられたことはない。

阪神大震災の時は、弟一家が被災者が多かった東灘区に在住していたので電話が通じるまで心配で生きた心地がしなかった。
テーブルの上のコップが割れたぐらいで子どもたちは寝ていたし、弟夫婦も街が白み始めてただ事ではないと悟ったそうだ。
ライフラインが寸断されたこともあり仕事の弟を残して義妹と甥っ子姪っ子は新学期まで実家に身を寄せていた。
身近な人がいたことと今回ではわたしの気持ちがまるで違い罪悪感すら感じていた。

日本から世界をみるのと、世界から日本を見つめるのでは違う。
医療チームやレスキュー隊の受け入れもごたごたしたようだけど、まずは申し出たことに日本人として誇りを感じる。
今後はその後の長期にわたってのケアも必要とされるだろう。
ただ政治的な日本色を出すのではなく相手の自尊心を思いやる楚々としたサポートが出来ればどんなにかいいだろう。

未読だけれど「自衛隊の国際貢献は九条で」(伊勢崎賢治著)という本では、実際に現場にいてその怒りを素直にさらけ出しているそうだ。
今度図書館で予約してこようと思っている。
日本人は中立の体臭がする。
そんな現地の人の言葉があるそうだ。
人畜無害の経済大国、美しい誤解もあるようだけどそれこそ日本でいいのだ。

福島香織さんの北京から発信しているブログを見つけた。
新聞記者である彼女の透明な目線。
「しっているかい?日本では地震のとき学校で避難するんだそうだ。」
そんな小さな声も聞き今後国に対する矛盾も吹き上がってくるだろうと懸念している。
並ぶということやボランティアという価値観のない国民が報酬のない献血で辛抱強く並び続けているという記事もあった。
彼女の好きな言葉がいかしている。
「逃げない、はればれと立ち向かう」(岡本太郎)

阪神大震災での反省やノウハウが新潟地震で役立ったと聞く。
規模が違いすぎるけれど四川大震災でも少しでも役に立てれば中国人の日本人に対する感情に雪解けがくるのではと願っている。
そしてわたしが出来ることは関心を持ち続けることだ。