ブログになかなかアクセス出来ない間に五月になってしまいました。

昨日は憧れのランディさんに会ってきました。

水俣病記念講演会
発病から四十九年だそうです。
私が生まれるちょっと前、水俣病やイタイタイ病、サリドマイドなど胎児性の患者さんがたくさん生まれました。
また森永砒素ミルク事件もありました。

半世紀が経ってもまだ苦しんでおられる患者さんがいます。
その患者さんをお世話してきた親世代の高齢化が進み、患者さん自身も症状が進んで言葉でその苦しみを表現出来なくなっているそうです。

私がこの講演会の前売り券を買ったのは田口ランディさんが朗読「千年の未来へ」司会をされ講師の中に映画監督の崔洋一さん「つながりつづける、伝えつづける」の名前を見つけたからです。
動機は不純かもしれませんが風化させてはいけない問題を突きつけられたような気がしました。

会社に盾突くこと、国家に盾突くことはアカと呼ばれています。
でも世の中はいつも被害者が小さくなり世間という幻影に怯えています。

水俣病患者であり今回の講師をされた原武千潮さん「水俣病と言えなくて」も水俣湾で獲れる魚を食べて育ってきました。
もちろんチッソという会社が五年間水銀を海に垂れ流ししていた事は知る由もありません。
水銀はいったん身体に入ると排出されません。
集団就職で水俣を離れその後手足の痺れや耳鳴りを自覚しながらも水俣病患者だと気がついたのは43歳、政治決着で医療手帳の対象者になったのは49歳、そして発病を公表したのは55歳になってからだそうです。
その地域や社会では歴代まで結婚や就職に差し障ると言われていたからです。

その他の講演は
歴史学者の阿部謹也さん「日本人の歴史意識」
法律学者の富樫貞夫さん「水俣病からの問い 記憶と想像力を手がかりとして」

先日列車の脱線衝突事故があったばかりです。
講演中その事が頭から離れませんでした。

人にやさしく安全にが教訓として生かされていたとすれば防げた事故だったからです。
効率ばかりを極めてきた社会が環境汚染を生み事故を生んだとしか思えないのです。

こうしてブログに書き込んだり、子供達に話す事だけしかできませんが事件や事故を風化させない手助けになれば幸いです。

人間の尊厳を考えてみたいと思い会場で一冊の文庫本を買いました。

石牟礼(いしむれ)道子 著 「苦海浄土 わが水俣病」