2019年08月

なつのせいかつ

夏休みもあと少し。
課題のなつのせいかつも追い込み。
「よくがんばったね。」と言うと「まーちゃんもがんばった。」と小1男子。
停滞していたスイミングも半年ぶりに進級できた。
ゆっくり大きくなればいいんだよ。

パートと夏休みの孫と白内障手術の母。
頼りの父はこの一年で10キロ痩せてわたしよりも軽くなり耳も遠くなった。
それでも週末顔を見せるとわたしの食事の心配ばかりしている。
「何食べたい?」と聞かれて「大根おろしたっぷりのお蕎麦。」と答える。
「そうよ、父ちゃんのお蕎麦は日本一よ。」と母。
生協の宅配を利用するようになって二人で冷蔵庫のストックを探している。
病院通いや駅まではタクシーを利用して、冷房はそれぞれの部屋を24時間27度をキープ。
食事時間も就寝時間も大音量のテレビも合わせることなく無理せず自由に過ごしている。
わたしの避暑地だ。

上の孫が小1の時は義父の介護も重なったので一年間パートをやめたけれど今回はなんとか乗り切れそうだ。
さてと、お昼は何にしよう。
次女の嫁ぎ先から届いた二十世紀梨もお裾分け。
定時やお迎え時間を気にしない日もあるから同僚との関係も上手くいく。
働くママはみんな頑張っている。

青春おしまい

夏はビールだ。
そんなことも忘れてた。
もしかしてわたしブロックされた?
そうかリセットされちゃったんだ。

まりちゃんのふわふわはキッチリした人を引き寄せちゃうんだよ。
そしてキッチリした人は変わらないし戻ってこないよ。
期間限定だったとしても出会えてよかった。
季節限定のクラフトビールを片手にそんな会話。
引き寄せちゃったのも惹かれちゃったのもわたし・・・それならしょうがない。
「苦しかったね。
勇気を出したんだね。
ありがとう。」
それだけが伝わればいい。

ビールの泡とともに消えていけ。
青春おしまい。

昨夜は川沿いウォーキングをお休みした。
無理はしない。
夕暮れ時に1万歩越えを始めた。
膝を痛めないよう足音をたてないように、腰を痛めないよう腕を引くように。
街灯がないところは真っ暗になると知った。
恐いからヘッデンをぶら下げてお守り代わり。
走っている人、歩いてる人、競歩の人、自転車の人、犬の散歩の人。
思い思いに自分の足で自由に楽しんでいる。
堤防沿いは足元から空が広がり風が心地よくて海まで行けそうな気になる。
自分の空もちゃんとさがすよ。

あいちトリエンナーレ2019

少女像で物議を醸している あいちトリエンナーレ
三日間の展示には間に合わなかったけれどどう感じるか見てみたかった。
慰安婦の象徴の少女像。
もしわたしが身内だったらそれを象徴にしたいだろうか。
ひめゆりの少女たちと同じように語りべが高齢化し風化するのを見過ごしてはいけないと感じるのだろうか。
怒りとして持ち続けるのも祈りに変えるのも民族を超えて国を超えてアートの力で表現できたとすれば大切な機会を失なったことにもなる。
解決した問題であってもその過去を忘れるべきではない。
忘れるから自然災害も戦争も繰り返すのだ。
きっと今の日韓関係や京アニの放火がなければまた違った選択になったかもしれない。

憲法9条は祈りの憲法で世界遺産になるべきものだと思っている。
それを改案しようとするのを留めるのが有権者だ。
体制には逆らえない中で出征し戦地で命を落とし遺骨すら戻ってこない人たちへの祈り。
沖縄や本土決戦になり空襲や原爆で命を落とした人たちへの祈り。
朝鮮半島を支配して翻弄してしまった永遠の贖罪の祈り。
遺された人たちがその痛みと反省をこめて74年間繋いできたものだ。
アートは声高に主義主張をいうものではないし批判するものでもない。
そこが好きだ。
どう感じるかを委ねてくれる。

初回からずっとあいちトリエンナーレを追いかけてきたわたし。
今回はコンパクトだ。(岡崎会場も豊橋会場もなくなってしまった)
それでもこの騒動で関心を引くことができたら結果としてよかったとしよう。

春先にコンビニで前売り券を買っていた。
前回までがスタンプラリーのように展示ごとに押してもらっていたのでワンデーがピンとこなかった。
用事を済ませて夕方県美につくと本日だけ四会場何度も入れますとの説明。
それでは伏見も豊田も行けない。
一つ一つの作品をじっくり見るのが好きだから一つの会場でもまる一日はかかる。
そんな人には追加料金で会期中フリーで何度でも見れるフリーパスに変更できることを知って変えてもらった。
しばらくはアートに癒されよう。

凪のお暇

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凪のお暇を大人買いした。
最初は漫画の下手さ(ごめんなさい)に違和感を感じていたけれど今ではこの絵だからこそ想像力を掻き立てたらるんだとすっかりはまってしまった。
言葉足らずですれ違ってしまったカップル。
凪ちゃんはいつも慎二くんの顔色をみてびくびくしているし、慎二くんはそんなけなげな凪ちゃんがかわいくてたまらないけれど口をひらけば小三男子のように「ブスだなあ。」と悪態をついてしまう。

人の感情や思いはそれぞれ違って当たり前。
わたしは怒りの感情が苦手、こうでなくてはならないも苦手。
正しい人にはそれは伝わらない。
それでも大切な人には逃げ出すのではなく言い訳と取られようと言葉を尽くしたい。
こんな時はただ時が過ぎるのを待っていよう。
今までわたしのためにしてくれたこと楽しかったことを想って・・・。

歩いてしか見えない景色があるように、自転車で見る景色、電車から見る景色を自分一人で感じることから始めよう。
青い鳥は結局近くにいたになってもそれは遠くに行ったからわかること。
出来ないことは出来ないでいい。
一人でお山に登ることは無理だし、最近乗り始めた電動自転車も電池が切れたらと思うとあまり遠くにはいけない。
方向音痴だから迷子になることは目にみえている。
それでも歩き出さずにはいられない時もある。

慎二くんの助手席で連れて行ってもらうことしかなかった凪ちゃんがうららちゃんのママの指導で運転の練習を始めた。
誰にでも優しいゴンちゃんに腑抜けになってしまったけれどちゃんと隣人に戻れたし、むしろそうなってからゴンちゃん自身も生まれて初めて胸がキュンとなることを知ることになる。
6巻は九月中旬に発売。
人間関係に悩むすべての人に読んでもらいたいなあ。

おのぼりやす

お山ではすれ違う人にこんにちわと声を掛ける。
でも愛宕山の千日詣りはちょっと違う。
この日登ると1000回お参りしたことになるそうだ。
そして三歳までに登ると一生火事にあわないとか。
三歳の子が泣きすぎて吐きそうになりながらも肝っ玉ママと手を繋ぎ登っていた。
頂上でも下りでも何度かすれ違ったから同じペース。
頑張ったね偉かったね。

降りてくる人から「おのぼりやす。」と声をかけていただいた。
最初は勝手がわからずにこんにちわではなくおのぼりやすとはさすが京都と思っていた。
そして前を登る人が「おくだりやす。」とあいさつしている。
なんてはんなり。
わたしも「おくだりやす。」と言ってみた。
一度言えればもう大丈夫。
1/40と順番に数字が上がっていくので目安になる。
裸電球が道案内してくれるので初めてでも迷うことはない。

三時半に清滝の駐車場手前のトンネル入り口で番号札89を渡される。
100台駐車可能とのこと。
駐車場に着くと夕立で一時間半車の中で待機。
雨上がりを待って登山開始。
学生の頃から登山をしていた弟との初登り。
ガイドさんのように丁寧でゆっくり一定のスピードで登りやすい。
そして10歳年下のお嫁さんが後ろから見守ってくれた。

すごい湿気で汗だく。
日が暮れて提灯の灯りがが見えてきたらもう少し。
頂上の愛宕神社で弟は定年後の新居の台所に張る火廼要慎(火の用心)のお札。
義妹は御朱印をいただいていた。
頂上でおにぎりを食べて祭事に駆けつける白装束の山伏の行列を見てヘッデンを点けて下山。
京都の街灯りがすごく綺麗だった。
下山後1時までのスーパー銭湯に滑り込んで汗を流す。
昨年の千日詣りのヨウキさんの録画を見ながら「ようおまいり~」(すれ違った山伏さんの言葉)のビールは最高だった。

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まりりん

まーちゃん

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