2018年12月

忘却のサチコ

結婚式当日新郎に「ごめん」の書置きで逃げられたサチコさん。
逃亡か放浪か。
逃亡だったら見たくないものから逃げるのだから苦しいけれど放浪は見たいものを見に行くから楽しいことに気がつく。
サチコさんはおいしいものを食べて忘れようとしたきたけれど、ただおいしいものをおいしいと言えるようになった。
最終回で新郎は帰ってきたけれどサチコさんは悩みながらも「だめです。」と突き放す。
心の傷は決して癒えることはない・・・。

忘却のサチコ
女はいつだって寂しいけれど潔いいのだ。
気持ちを切り替えることが大切な時もある。
平成最後は亥固まる。
きっといい方向に行ってくれる。
サチコさんはそれでもそっと待っているような気がする。
そんなサチコさんだから好きなのだ。


追記
年明け久しぶりに会ったお友達の選択に涙。
子供さんたちはそれぞれ結婚した。
施設で暮らした認知症のお義母さんも大往生。
母と嫁と娘の役割を全力で頑張ってきたから決心できたのだろう。
もう頑張ることないよ。
冬の空のように凛としていた。

とろとろ干し柿

先日50年ぶりに幼馴染と再会した。
小学校5年生で転校したわたしとは年賀状だけの交流。
「今年こそ会えますように」がお互いの決まり文句だった。

今年のお正月に年賀状を出しそびれたわたしは思い切って電話をかけた。
そして長電話の末、お友達の定年を待って会おうと約束した。
50年前わたしはクラスで一番小さく、お友達は一番大きかった。
「待ち合わせ場所で黄色いジャンバーを着てリュックを背負ってます。」とラインしたら肩越しに声をかけてくれた。
体格はわたしの方がドーンと立派になっていた。

半世紀の話は尽きることがない。
中学、高校、大学、仕事、結婚、両親の話、子供や孫の話。
今は定年後の旦那さんがお義父さんの遺した柿の木を受け継いだ話になって柿好きなわたしはもちろん食いつく。
「今年の出荷は終わってしまったけれど干し柿ならもうすぐできるから送ってあげる。」と。
そして今日その柿がポストに届いた。

レターパックを開けるととろとろの大きな干し柿が8個ジプロックに入ってた。
とろとろの干し柿は初めて食べる。
とろとろの柿が大好きな両親に持っていったらどんなに懐かしく喜んだことだろう。
昨日実家に行って来たので年内は予定がない。
毎日一個づつ大切にいただこう。
50年分の気持ちがこもったお義母さん直伝とろとろ干し柿にごちそうさま。

エリック・クラプトン~12小節の人生~

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10代の頃からギターを奏でる細い指が好きだった。
あのまなざしで見つめられたらすべての女性は恋に落ちるだろう。
(クラプトンがわたしを見つめることはないけれど、そんな妄想をしてみたりして。)
壮絶な人生は母親に拒絶されたことから始まる。
ギターにのめり込み、女に薬に酒に溺れても癒してはくれなかった。
でも現在は家族に囲まれて安住の場所をみつけたようだ。

きっとわたしは音楽やアートそのものより人生の物語が好きなんだと思う。
世界中の人に愛され崇拝されたギターの神様。
いとしのレイラ」も「ティアーズインヘブン」も「エリック・クラプトン12小節の人生」の祈りとして心に響いた。

いつもクラプトンの顔を描いていた同僚がいた。
鉛筆で描いたその絵をプレゼントされたけれどどこかにあるはずだ。
(何度かの引越しで確信は持てないけれど・・・。)
その当時わたしはラストワルツを観て、レコードを買い訳詞を見ながら毎晩のように聞いていた。
今春40周年で再上映も実現した。
彼のように一筋でないわたしはメンバーが来るたびにコンサートに足を運び感激のあまり号泣していた。
あの頃のような情熱も純真さも今はないけれど。
過去を振り返るのは時々だからいい。

最近、和紅茶にはまっていて温かい紅茶を持ってお山に登っている。
見晴台で寒さに震えていたら一緒に登った師匠のお仲間さんがそれにブランディをたらしたらしてくれた。
イソジンみたいだと言いながらもちょっと大人になった気分だった。
いつでも今が好き。

ぼけますから、よろしくお願いします

認知症とはどうなってしまうんだろう。
5分前の会話を忘れるぐらいならまだいい。
何度繰り返してもそうなのねと答える。
でも感情的になったり暴力的になったり悲観的になったらやさしく見守るには限界がある。
そんな妻に90代の夫も感情が爆発する。
でも不思議なことに落ち着いたらお布団から出した手をお互い握っていた。

全自動の洗濯機が当たり前の時代に小さなお風呂の洗い場にタライを置いて何度も水を変えながら手で押し洗いをしている。
二層式の洗濯機の脱水だけが使われていてその流儀を変えようとはしない。
洗濯槽の中には溜め込んだ洗濯物があふれ娘が手伝うよと言っても大丈夫と言いながら途方にくれてその場で寝転んでしまう。
狭い廊下で妻をまたぎながら夫はトイレに行く。
料理の出来なくなった妻はそれでもガス栓を確認してコンロだけは拭いている。
習慣は変えられない。
それこそが生きてきた証で誇りだ。

しんどい日もあるはずだ。
何が何でもデイに行かせるのも考えてしまう。
次の日には忘れているのだから。
老老介護の家に他人を入れるのを拒んでいた夫婦も少しずつ手を借りるようになる。
ヘルパーさんが来る前に妻は掃除をする。
綺麗にしておかないと他人様に恥ずかしいそれが妻の美学だ。
娘はこれからまだまだ生きていかなくてはいけない。
仕事を犠牲にしてはいけない。
やりたいことで活躍して欲しい。
だから妻は自分でみるのが夫の美学だ。

呉では大晦日は除夜の鐘ではなくサイレンがなる。
勝手口をあけて妻はそれを聞く。
新年の挨拶をした娘に母は答える。
ぼけますから、よろしくお願いします。
その言葉がかわいくて失笑してしまったわたしはまだ老いがわかっていない。
87歳の認知症の妻に95歳にして家事を始めた耳の遠い腰の曲がった夫。
それでも二人で歩いていく。

80代半ばのわたしの両親も出来る限り二人でやっていくと言っている。
子供たちには子供たちの生活があってそれを犠牲にはしたくない。
母はそれでもおいしいものがあれば娘に食べさせたいと思うし遊びにきてくれてありがとうと玄関先まで見送ってくれる。
父も言う。
母は自分がみる。
でも出来なくなったら頼むな、と。

どうにかなるさ。
その時々で出来る事をしていくさ。
大切なのは両親の気持ち。
一日でも両親より長生きするそれが娘の役割。

古い映画館は階段もあるしトイレも和式だし母を連れて行くことはできない。
一番共感するはずのお年寄りにやさしいバリアフリーの駅前の映画館の上映を希望しながらパンフレットをお土産に買った。
そして素敵な動画を見つけた。(自慢の娘と自慢の父が手を繋いでいる。)

富士山は恥ずかしがりや

朝から大洗濯。
息子が野球部だった頃の泥汚れスプレーが大活躍している。
まさかわたしが使うようになるなんて。

絶景富士山が見たくて越前岳に登ってきた。
駿河湾は光っていたけれど富士山はすそ野しか見えなかった。
12月だというのに暖かくTシャツ一枚で登った。
前日の雨で登山道はぐちゃぐちゃで滑る。
それすら面白い。

帰宅したら「僕らは奇跡でできている」に間に合った。
人は面白い。
負のオーラに負けそうにもなるし、正しさにも負けそうになる。
そこに立ち止まらずにまた歩き出せばまた面白いことに出会える。

恥ずかしがりやの富士山。
会いたい日には会えないけれど、確かにそこにいる。



まりりん

まーちゃん

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