つぶやきまりりん

「何とかなる。それはやることをちゃんとやってる人のセリフ。」ミイ

海辺の生と死

やっと原作が読めた。
今年のお盆は終戦まじかな激しすぎる生と死にノックアウトされていた。
海軍にも特攻隊があったことを知る。
ベニヤで出来たただ敵に爆撃する潜水艇。
学徒動員された将校と奄美の島の国民学校で教鞭をとる女。
わたしの今年一番の映画になりそうだ。
http://www.umibenoseitoshi.net/

台風が近づいている。
台風も選挙もわさわさするのが似ている。
硫黄島で戦死した祖父の遺骨(小石)を受け取りに行った日に枕崎台風が来たそうだ。
親戚の家に身を寄せて難を逃れたけれど被害者になった遺族もいたという。
空襲で町を焼かれ一ヶ月前に原爆を落とされた広島の人たち。
何度も聞かされた寝物語。
祖母は女一人で母を育て養子の縁談が持ち上がっても父親のいない娘ではと言われたそうだ。
もちろんそのおかげでわたしがいる。
硫黄島の遺児の娘であるかぎりただただ九条を守りたいし再稼動はいやだ。

ファーストペンギンの小池さんは波紋を作った。
でも信念がはっきり見えてかえってよかったかもしれない。

きょうのできごと、10年後

十数年前に観た映画。
大学卒業の年、社会人だったり大学院だったりまだ模索中だったりそれぞれの進路に希望と不安を抱えていた。
引越し祝いに集まる男女はみんな酔っ払っていた。
テレビの今日の出来事はビルに挟まれた男と打ち上げられたクジラ。
そして10年後、カフェの何周年かのパーティーに再び集まる。
同じ役者さんで映画化されたらステキだなあ。

わたしの10年前。
50歳を目前にしてなんとも平和な日々を過ごしていた。
子供たちも成人してもまだ学生だったり他県に就職したり、働くママになったりで子供たちのお弁当作りを卒業した年だ。
そして今は還暦前の自由な日々を過ごしている。
ただし家人のスイッチが入らないようにとの緊張感はつきまとう。
これでも40年前は短大を卒業する年で遠距離が決まっていたので一分一秒でも早く会いたくて離れていても電話の声が聞きたかったし顔を見ているだけでどきどきしていた。

きょうのできごとのまきちゃんと中沢くんは10年前からひっついたり離れたり、ふたりを引き合わせたけいとはあえてしらんぷりをしながら酔っ払って相変わらずかわちくんに絡んでいるし、いい人の正道くんはやっぱりいい人だ。
それがさみしくもあるけれど、さみしくていいんだと気がついてしまう。
年月は女を強くしなやかにしていく。
この先の10年後はどうなっているのだろう。

最近のできごとは先日息子が30歳になった。
ラインでおめでとうと送ったらありがとうとその日のうちに返信がきた。
それがうれしかった。
次女が今月末に入籍をする。
郵送する戸籍抄本を取りに行ったら係りの方におめでとうございますと言われてうれしかったけどうるっときた。
長女から年中の孫の運動会の動画が送られてきた。
隣の子とにこにこしながらずっと顔を見合わせて踊っている。
その隣の子は地面にお絵かきをしている。
小猿のようにじゃれあい気が向かなければそれも許される環境はきっと宝物になる。
今日は乗らないお友達の気持ちに踏み込まないやさしさが頼もしい。
母は好奇心の向くままに歩き夜中に足がつってトイレに行くことができなかったと落ち込んでいた。
いただいてきた御朱印を見せてもらいながらお出かけできてよかったねとわたしは言った。

家族の用と遊ぶために仕事に行くことができるきょうのできごと。
それこそが教養(今日用)と教育(今日行く)だそうです。

舞台

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ひりひりする小説が好きだ。
葉太はお坊ちゃまだ。
自意識過剰だと一言で言えばすんでしまいそうだけどそんな悩みを抱えてきた。
子供の頃祖父の葬儀で祖父の亡霊が見えてそれが恐くて泣いたのが父にはいい孫を演じているかのように取られる。
父とて作家として演じてきたのだ。

時々演じていると感じる瞬間がある。
それをどこからか見ているもう一人の自分。
そのひりひりとする感覚が嫌いではない。
物事には超えてはいけないラインがある。
浮かれているとつい調子に乗ってしまう。
出しゃばらず卑屈にならずがいい。
だから相手が演じている時はあえて気付かないようにしている。
それを指摘されるのが何よりも恥ずかしいわたしだから。

父の遺産でニューヨークに旅立った葉太。
大好きな作家の新刊「舞台」をセントラルパークで寝転んで読みたいと思っていた。
それは叶わなかったけれど病床で父が読んでいた「地球の歩き方」をなぞって歩いていた。

出かける時には文庫本を一冊リュックに入れる。
老眼になってからは三種類の眼鏡が必要になった。
運転用(お出かけ用)に仕事用(パソコン用)に読書用。
そのために三種類持ち歩くのも面倒だから文庫本はお守りになりつつある。
無事に帰路に着いてから読むのだから持ち歩かなくてもいいと思いながらも10代の頃からの習慣はやめられない。

本屋さんにサラバ!の文庫本が平積みされていた。
もう一度読みたいしずっと手元に置きたい。
記念日に買っちゃおう。
まりりん
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