つぶやきまりりん

「何とかなる。それはやることをちゃんとやってる人のセリフ。」ミイ

怒る富士

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富士吉田にある浅間神社には木花咲耶姫が祀られている。
富士山の女神は1707年(宝永四年)に怒ったという。
そして美しい富士山に宝永山というこぶが出来た。
日本人は大昔から天災に翻弄されてきたのだ。
そして天災と人災が重なったのが東日本大震災だと思う。
天災は時として人の心を試す。
いまだに原発がなぜ稼動しているのか。
そこには経済や国策が垣間見える。
300年前と何も変わっていない。
亡民となり飢餓状態の人よりも大奥の改修が大事だったのだから。
それでも伊那半左衛門忠順が奮闘したことを忘れずにいよう。
私利私欲ではない行動はきっと後世のためになる。
伊那神社には富士山すそ野の民と幕府との板ばさみになって切腹した半左衛門が祀られている。
そして生きるためにすそ野を出たおことさんとつるさん。
彼女たちこそ一途な愛を貫いた木花咲耶姫だとわたしは思う。
彼女たちも見たであろうすそ野からの富士山が好きだ。

伊那神社ではないけれど伊奴神社にまだ行けていない。
映画館に美術館に街歩きもそろそろ始動したい。
年末年始の激務もちょっと落ち着いてきた。
お休みは朝からダメ出し・・・。
ああ、お山が恋しい。

ー14℃の世界

ゴトンゴトングイーンギューン。
キャーキャー言いながら雪上車に乗ってきた。
美ヶ原は吹雪で何も見えなかったけれど幸せの鐘をついた。
ー14℃は寒いと言うより指先と顔が痛い。
他の人はすぐに雪上車に戻っているのにお友達はスマホで写真をとりまくりわたしはいつもの後ろ向きポーズをとる。
雪上車のドライバーさんにもツーショットで腕を組みニッコニコで撮ってもらった。
まるで干物みたい。
寒さのせいかスマホがシューンと力尽きたけどホテルに戻ったら復活してホッとした。

お宿は雪上のホテル
晴れていれば満点の星と朝焼けと100名山のうち41座が見えるらしい。
それでもすばらしいおもてなしとおいしい料理。
大満足だった。

いつもはカレンダーに行き先を書いて出かけるけれどちゃんと行って来ますと言ってきた。
相変わらず返事は「ん~」だけどそれが心なしか不機嫌ではない気がする。
自由にお出かけさせてくれる幸せを感謝して楽しもう。

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西郷どん

実家で父と「西郷どん」の初回を観た。
この連休実家に行ってくると言ったら
「車使っていいぞ。
泊まってきていいぞ。」
と言ってもらえた。
そしてお正月に撮った長女一家と帰省した息子との家族写真を印刷して持たせてくれた。

父は鹿児島で生まれ育った。
父の卒業した高校(入学時は旧制中学)が西郷どんと関係していたと知る。
川でうなぎを取るシーンではそれが子供の仕事だったそうだ。
父の祖父は下級武士だったらしい。
分家だったので作物の育つ土地はなく軍や省の車の修理工場を営んでいたそうだ。
開聞岳を目印にB29が襲来し特攻隊が飛んでいったと戦争の記憶を辿る。
もちろん戦後はなにもかもなくしてしまう。
だんだん饒舌になる父はすっかり鹿児島弁になっていた。

父は今年の免許の書き換えまで運転するつもりでいる。
田舎なので買い物や病院通いに車は欠かせないけれどタクシーやコミュニティーバスを少しづつ利用するようにしてみると私の心配に応えてくれた。
デイサービスでリハビリを頑張るという母と助手席で居心地の悪そうな父を乗せて買い物をしてきた。
雨の中私を心配して見送る両親をバックミラーで見ながら帰路に着いた。

今度は林真理子著の西郷どんと写真立てを持って行こう。
まりりん
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